I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2015/07/02 / 00:20

大ヒット上映中!らしい「マッド・マックス 怒りのデス・ロード」の2回目を見てきた。

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先ずはこの作品、これまで3作制作されたメル・ギブソン主演のシリーズよりも自分は遥かに好きである。その理由は「感動と笑い」である。旧作をリアルタイムで見た時「これは凄い!!!」とド肝を抜かれたが、感動はしなかった。今回はそれに加えて笑える場面が何か所かあったのも高ポイント。

では、何処に心を動かされたのだろう。本作、もう彼方此方で言われている通り「フェミニズム」が需要な要素になっているのだが、それにも増してこれまで、イモータン・ジョーという絶対的カリスマが支配する世界で、ジョーのために健康な子供を産む事だけを目的に攫われ、「所有物」としか扱われてこなかった「子生み女たち」、そして組織の最底辺で、放射能障害のため長生きできない体になり、ジョーのために華々しく死ぬことだけを考えさせられて来たウォーボーイズのナックス(表記はニュークスだが実際の発音は「ナックス」だ)、そして現実から逃避するかのように荒野をさまよい続けてきたマックス達が、フュリオサや「鉄騎の女」達と行動を共にすることで、或いはブライドの一人と恋に落ちることで、これまでは動物的生存本能のみで「生き残る」ことを考えていた意識が「自我を持って積極的に戦い、勝ち取る」意識へシフトしていく姿に心を動かされる。

本作、タイトルは「マッドマックス」だが実質的な主人公は女戦士フュリオサである。ジョーの軍団から逃走を図る群れの中で唯一、自ら闘う意思を持つ者・・・「戦士」なのだ。それ故、中盤で「緑の地」へ辿りついた後、フュリオサを待ち受ける運命には心が痛んだ。そして今度はジョーの軍団に真っ向から立ち向かっていくマックス&女たちの姿は本当にカッコいい。観終わると、「明日も仕事がんばろう!!!!」という気になること請け合いだ(笑)

あとは気づいたことをバラバラと。

ジョーの軍団、頭部と上半身白塗りで目の周りは黒塗り、という「ウォーボーイズ」の見てくれはどっから見てもブラック・メタルである。おまけにマッチョなのが多いのはBLASPHEMYのメンバーみたいで燃える。「死んでヴァルハラの門をくぐれ!」と叫ぶ辺りも含め、完全にメタルである。

そして中盤、長い夜を超えたあたりで出てくる汚染された泥濘地の描写が完全にAMEBIX、DEVIATED INSTINCT の世界観だったのは実に興味深い。

また映像が非常にクリアで美しいのも特徴だった。特に砂嵐のシーンで爆発した車から投げ出された人間や、分解した車の破片が巻き上げられ流れ星のように飛んでいく場面は本当に素晴らしい。

「鉄騎の女」の老婆の一人が常に植物の種を携えているのは、「北斗の拳」1巻に登場しあっけなく殺されてしまう「この種もみを隣の村まで~!」の爺さんに対するオマージュなのだろうか、と思ったり。「マッドマックス」に影響を受けて「北斗の拳」が生まれたことから、ジョージ・ミラー監督が今度は「北斗の拳」へエールを送った・・・というのは考え過ぎだろうか。

顔の仮面を取り外そうと鑢をカチャカチャ動かし続ける、変わり果てたインターセプターをみて「おい!それは俺の愛車だ!」と叫ぶ、爆弾槍が頭部をかすめ「かすったぞ!」と叫ぶマックスの姿、そして爆破の落石で封鎖された谷間で「俺がこの車で先行して岩をどかす!」とか言っておきながら、それを完全に無視して自分だけフュリオサを追っていくジョーの姿・・・はいちいち笑える・・・が客はなぜ誰も笑わないのだね。

荒野を疾駆するウォーリッグに追いすがるジョーの軍団を空撮、或いは俯瞰映像で見て改めて「この作品は現代の『駅馬車』なんだな!」と思った。

というわけで、兎に角、面白いので是非是非劇場に足を運んでいただきたい逸品!

しかしなんで「日本版エンディング」なんてクソ必要ない曲を無理に入れるのかね。加えて3Dが日本語吹き替えだけ、それもマックスの声がプロの声優や俳優でなくエグザイルかなんかの奴で本当に見る気が失せる。そういう作品の質を貶めるような一過性のクソみたいな「ギョーカイ事情」は本当に勘弁してもらいたい。

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