I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2015/03/25 / 01:02

「貴方は仏教徒ですか?」と尋ねれば大半の日本人は「はい」と答えるだろう。

続いて「宗派は?」と問えば「日蓮宗」「浄土真宗」等といった答えが返ってくることだろう。しかしながら、「では日蓮宗の教義について教えてください」と問われて即答できる人間はまず、いない筈である。

つまり「仏教とは何か」を知らないのに、自分は仏教徒であると思っているわけだ。これは、先祖代々、お寺の世話になっているからというだけの理由に他ならない。とはいえ寺はあくまでも葬儀に纏わる儀式を取り扱うだけで、仏壇に収められているのは御先祖様の位牌であり、拝むのは仏陀(釈尊)でなく、あくまでも「ご先祖様」である。ましてや具体的に「観音菩薩さま、弥勒菩薩さま」と固有名詞を挙げて拝むこともまず、あるまい。

とどのつまり、神も仏も信じちゃいないのだ。だからヴァチカンにおいて日本は未だ「布教国」であり、よく揶揄されるように、「生まれたら神道、結婚はキリスト教、死んだら仏教」になってしまうのだろう。かくいう自分も、そのクチである。尤もまだ独り身なので結婚式を教会でやるか否かはまさに「神」のみぞ知る、だが。

物心ついてから、宗教というものに疑問を感じ続けていた。特に「一神教」と言われる宗教に、だ。本来、人を善導するはずの宗教や神が存在するせいで、この世は争いや憎しみが絶えないのではないかと思いたくなる。SLAYER の歌詞にもある通り「目に見えない物に全幅の信頼を置いて依存している」事に何の疑問も持たないのだろうか、と思う。

では、「神を信じないのであれば、貴方が信じている、或いは心の拠り所にしているものは何なのだ?」と問われたらどう答えるか・・・それは「倫理」であり「科学」であり「知性」である・・・と答える。その方が、見えない神なんかより遥かに現実的だ。

DSC_0693.jpg

さて、前置きが長くなったが、此処でダライ・ラマ14世である。当然、名前と顔は知っている。マーティン・スコセッシ監督の映画「クンドゥン」はオールタイムベスト10に入れたいほど好きな映画である・・・が、俺は恥ずかしながらこれまで一度もダライ・ラマ法王の言葉というものを聞いた/読んだことが無い。ちょうど書店で本を物色していたところにこの本の背表紙が目に留まった。いい機会だ、ちょっと読んでみよう。と軽い気持ちで読み始めた「ダライ・ラマとの対話」と題された本書。脳味噌を鷲掴みにされて振り回されるような衝撃を受けた。この年まで、こういう本に出合えなかった自分を、そしてその機会を逸してきた自分を恥じた。

言うまでもなく、法王はチベット仏教における最高位にある人物である。しかしその発言は知的であり、且つユーモアに満ち、示唆に富んでいる。本書で語られているのは宗教/仏教の話ではない。当然、話のモチーフには出てくるが教義を語ることが目的ではない。メインとなっているのは社会学であり哲学であり科学である。であるから、自分が2つ前のパラグラフまでに書いたのと同じ事を宗教というものに対して思っている人達にこそ読んでいただきたい名対談集である。

そして法王からこれだけの話を引き出せたのは、著者であり、対談の相手でもある上田紀行氏の極めて高い知性のなせる業でもある。人は初めて会う他者と話をするとき、「此奴はどの程度まで知識があるだろうか」という事について「探り」を入れながら話題を探していく。その過程で「あ、この人の知識/知性のレベルはこの程度か」と分かればそれ以上の話はしない。しても理解できないからだ。逆にお互いに刺激しあえる話題の共通性、そしてそれを更に高みに押し上げるに必要な知性の相乗効果が生じれば、それは素晴らしい結果となって現れる。本書はまさに、その好例である。

自分は途中で戻り、更に読み返し、付箋を貼り、また前に進むという精読をやっていたのだが、これだけの内容が国会答弁のような「仕込み原稿」など一切ない、生の対談であることは脅威である。幕間やあとがきにも書かれているとおり、法王自身も、このような知的な議論に飢えていたのであろう。読了した後、身体が火照るような熱気が頭と体に残った。

そして本書を読了したのち、法王の動画を彼是見ていたのだが、京都精華大学における講演を見て、俺は愕然としてしまった。法王が中国共産党に対するキツいジョークを飛ばしても誰も笑わないのだ。ジョークをジョークだと理解できない人間ほど哀れな生き物はいない。これまでダライ・ラマ法王は何度も来日し、講演を行い、所謂「高僧」と言われる僧侶達とも対談をしているのだが(その哀れな顛末は本書巻末を参照)上田氏のような知的な論客には不幸にして出会うことが無かったのだろう。

そんなわけで本書、先述の通り「仏教とか宗教なんて興味無いよ」という人にこそ読んでいただきたい名作である。

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