I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2014/11/08 / 21:52

現在「浅草リトルシアター」で公演が行われている「レバ刺し☆Hoppi 2発目!~洞窟」という演劇を見てきた。

doukutu.jpg

話の粗筋は・・・・
ある街に都市伝説のように存在する「洞窟」

其処を探検しようと一組の夫婦がインターネットで参加者を募る。集まったのはフリーター、ヤクザ者、そしてかつて夫の愛人だった女の計5名。探検を始めてすぐ5人は複数の鍾乳洞が連接した広大な空間を発見する。其処は快適な気温で食べきれないほどの果実や野菜が獲れ、温泉が湧き、天然の水洗便所まであるというまさに「楽園」だった。しかし其処には白髪の先住民の男がいた。男は5人を歓迎し、仲良くこの空間を共有しようと提案する。何故なら・・・この洞窟は、一度足を踏み入れると出られなくなってしまう場所だったから・・・・

というもの。登場人物はこの5名に加えて洞窟取材にやって来た雑誌記者、そしてもう一人の先住民の男という合計7名。この5名と2名のグループはそれぞれが存在する時系列が異なるらしく、同じ場面でバッティングすることなく話は同時進行していく。

この作品ではいくつかの命題が提示されている。自分が気が付いたのは大きく以下の3点。

1 生活するには何不自由ないが、それ以外は全く何もない世界は本当に幸せであるのか否か

2 「孤独である」ことの意味

3 小規模共同体における人間のエゴ 

先ず最初。

これは現代社会で生きる人間にとってある意味、永遠に悩まされる問題ではなかろうか。何不自由がないのに何もない状態を果たして「幸せ」と呼ぶかどうか・・・はそれぞれの価値観だが人間というのは厄介なもので、一度便利な生活に慣れ親しむと、元に戻れなくなる。たとえば昔は汲み取り式の和式便所が当たり前だったのがいつしか水洗になり、洋式になり、ウォシュレットが装備されるのが当たり前になってしまうと、和式便所を使うよりは洋式便所を探して場所を変える道を選んでしまうのと同じだ。例え、普段のストレスフルな人間関係や山積した仕事から逃れ、南の島に行ったとしても1週間もすれば元の煩雑な文明社会が恋しくなる。

つまりそういう「生きていくのには困らないが何もない場所」というのは「たまに行くからいい」のだ。それが日常になってしまうと、堕落してしまいそうで怖いという思いもある。とどのつまり、現代人は激しく電車や車や人が行き交い、インターネットを含めた高速通信で世界が結ばれ、金やカードがあれば何でも手に入る生活、そしてそこから得られる刺激から逃れることはできないのだろう。

そして2番目。

劇中で、洞窟から出ていこうとする5人に対して先住の男が言う台詞
「孤独には耐えられる。しかし孤独にさせられることは耐えられない。」
には考えさせられてしまった。

「こんなに周りには人がたくさんいるのに私は孤独だ」という言葉があるが、これを聴くたび、面白い概念だな、と思う。自分は一人っ子なので小さい時から一人で居ることに慣れていた。加えて、群れるのが何よりも嫌いな性格もあるのだろうが、これまで「孤独」というものを感じたことが無い。職場関係の人間との飲み会なんて行きたくもない。そんなものに金を使うくらいなら、行きつけの店で一人で喰いたい飯を食ってる方が幸せだし、レストランによくいる4人くらいで群れて仕事の愚痴と男(女)の品定めの話しかできないクソ共なんて、いったい何が楽しくて群れてやがるのだろうと思ってしまう。

誰もが人とのつながりを持ちたがってる・・・それはツイッターやSNSの隆盛を見てもわかる。しかしそのような仮想空間の中では互いに話せても、現実社会において面と向かうと相手の目を見てキチンと話せない、語彙能力が足りない、すぐ話題に行き詰る。とどのつまり、現代においては「人との距離感」が読めなくなってきているのではないか、と思う。適度な距離感を保つことを覚えれば「孤独もまた、楽し」となるのではないか。まぁ、これも個人の価値観の話ではあるのだが。

そして3つめ。

社会の「体制」や人間関係のしがらみ、働いても働いても明るい展望が持てない仕事・・・から逃れ、志を同じくする少数で「コミューン」のような小規模共同体を作り生活を始めたはいいが、結局その中でも「ルール」が生まれ、仕切るものと仕切られる者の二極構造になってしまう。

事あるごとに名前を挙げているオーウェル「動物農場」は共産主義に対する痛烈な皮肉であるばかりでなく、社会と人間がこの世に存在し続ける限り、のありとあらゆる側面に適用できる優れた著書であるが、この場合も同様。口では「この素晴らしい空間を皆で仲良く使いましょう!」と言ってはみたものの時が経てばエゴが出るのは自明の理。そのうち「あいつ(ら)さえ居なければ、此処は俺が独り占めできるのに」という考えが顔を出す。そして理想のために集まった筈のコミュニティはやがて崩壊していく。

とどのつまり、人が人として生きていく限り上記のようなしがらみからは逃げられない。攻殻機動隊のセリフ「世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら、目も耳も口も閉じて孤独に暮らせ。それも嫌なら・・・」の通りである。そして「自分を変える」部分に気付いた者・・・来た道を後戻りするのではなく、前に進もうと決意した者には「外へ出る道」が示されるという展開もうなづける。

さて、もし貴方はこのような洞窟を見つけた時、其処にとどまろうとするだろうか、果たして出る方法を考えるだろうか・・・・

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