I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2014/09/30 / 22:51

何事にも「絶対」は無い・・・と言われるが・・・本当だろうか。

自分は外国で暮らしたことが無いから、これはあくまでも自分の想像でしかないのだが、例えばキリスト教徒やイスラム教徒、ユダヤ教徒といった所謂「一神教」を信仰する人たちに「貴方にとって『絶対』なものとは何か」と尋ねたらかなりの確率で「神」という言葉が返ってくるのではないか・・・と思う。果たしてその「神」と呼ばれる存在が自分に幸運を運んでくるか、それとも災厄をもたらすか・・・はあくまでも別問題であるのだろうが。

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中村文則「掏摸」

読了。

全く知らない作家だが、神保町「東京堂書店」3階の「ノワール小説特選コーナー」に平積みされていたこと、そして帯に印刷された「デヴィッド・グディス」の文字に踊らされて購入。失礼ながら、あまり期待はしていなかったのだがこれが存外に面白かった。

話の内容は・・・
東京を仕事場にする天才スリ師。彼のターゲットはわかりやすい裕福者たち。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎―かつて一度だけ、仕事を共にしたことのある、闇社会に生きる男。木崎はある仕事を依頼してきた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。もし逃げれば…最近、お前が親しくしている子供を殺す」その瞬間、木崎は彼にとって、絶対的な運命の支配者となった
・・・というもの。

2時間もあれば読めてしまうので長編というよりは中編といったところか。主人公を始めとして、その周りの人物、特に「子供と女」そして元彼女と思しき女の書き込みが甘い。行動の動機がいちいち不明瞭だ。おまけに主人公が一人称では「僕」を使っていながら人に話しかけるときは「俺」になっているのも引っかかる。普通、逆ではないだろうか。あと基本的に俺自身が、一人称を「僕」を書く小説が嫌いだ、ということもあるのだが。

では、そんなマイナス要因を抑えて何が「面白かった」のか。それは、主人公に仕事を依頼する「木崎」という男の存在である。この小説、本当の主人公は天才的掏摸の「僕」ではなく、木崎ではないかとすら思える。セルジオ・コルブッチのカルト・ウェスタン「殺しが静かにやってくる」で本当の主人公は聾唖でありながらモーゼル拳銃の早撃ちを得意とする正義の味方「サイレンス」でなく、罪とがもない街の人たち(モルモン教徒)を、そしてラストシーンで主人公のサイレンスを射殺してしまう酷薄な人種差別主義者「リコ」(クラウス・キンスキー)であるのと同様に。

木崎が体現するもの。それは「絶対悪」である。世の中には「此奴と関わったばかりに俺の人生は台無しだ」と言わしめるような奴がいる。その究極的な存在が木崎である。つまり此奴と動線が交差してしまった奴は否応なしに生殺与奪を握られてしまう。映画化もされたコーマック・マッカーシー「血と暴力の国」(映画名「ノー・カントリー」)における殺し屋アントン・シュガーのように。

木崎は、「僕」を含めた3人組に仕事を依頼するため初めて顔を合わせた際にこう言う。

「俺に会っちゃったなぁ」

この時点で既に「僕」の運命は決まっていたのだ。仕事に際して「僕」達が隠れ蓑とする「中国人強盗団」について木崎はサラリと言う。

「その強盗団はすでに新宿のある人間達によって殺され、骨すら残っていない」

また後半でも

「・・・は消えたよ。跡形もない。正確に言えば歯だけ残っている。身体は焼いて骨も焼いて白い粉末になった。歯は東京湾のどこかに散らばっているだろう」

利用価値が無くなれば、いとも簡単に「消されて」しまう。

続けて木脇は言う

「失敗したらお前は死ぬ。理不尽と思うだろうが、俺に目をつけられるというのは、そういうことなんだよ。」
「他人の人生を机の上で規定していく。他人の上にそうやって君臨することは、神に似ていると思わんか?」

作者は本書の執筆に際して旧約聖書を読み、「古代の神話における絶対的な存在/運命の下で働く個人」という関係に注目した、と言っている。しかし作品として現出したのは、神というには余りに禍々しい現実味を帯びた世界だった。

木崎と、ほとんど同じ発言をしていた人間がいる。埼玉県で発生した愛犬家連続殺人事件の被疑者・関根元である。

「人間の死は、生まれた時から決まっていると思っている奴もいるが、違う。
 それはこの関根元が決めるんだ。俺が今日死ぬと言えば、そいつは死ぬ。
 明日だといえば、明日死ぬ。間違いなく そうなる。
 何しろ、俺は神の伝令を受けて動いているんだ」

「死体がなければただの行方不明だ。証拠があるなら出してみろ。俺に勝てる奴はどこにもいない」

旧約聖書のヤーウェを思い描いて書かれた作品が、現実世界での猟奇殺人事件と重なる。まさに「事実は小説よりも奇なり」である。前に述べた通り、この小説の肝は「絶対悪」の体現者たる木崎の存在であり、それに絡めとられて破滅していく(消えていく)人間の存在である。そういう点に気付けば、ラストで「僕」による起死回生の害逆転劇などあろうはずかない、と予想はつく。アマゾン等のレヴューで低評価をつけている連中は基本的にこの「絶対悪」という概念を全く理解していないのだろう。

そして仮にもし俺が「僕」の立場だったらどうするか。いずれ殺されると分かっているなら躊躇なく海外に高飛びするか、それが出来ないなら最後の場面で自分は死んでも木崎だけは倒す覚悟で臨むだろう。


というわけで本書。まぁ興味のある人は読んでみてくださいな、と。未読の方は併せてコーマック・マッカーシー「血と暴力の国」もどうぞ。

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コメント:

『Re Comments : 』 まこちんさん
こんばんは。
ELECTRIC WIZARD新譜出ましたね。相変わらずのキメテル感がヤバいと
思います。ただちょいキャッチー感もありでやはり力作です。
スラッジ系ではNOOTHGRUSHも好きです。去年ライブよかった。
ブルタルはダンリルカ最後?なんでチケはゲットしました。
それでは。


2014/10/01(Wed) 22:26:09 | URL | [ Edit.]
『Re Comments : Re: タイトルなし』 Two Headed Dogさん
おはようございます。

ELECTRIC WIZARD 新譜出ていたんですね。週末、店を回ってみて入ってなければアマゾンあたりで注文しようと思います。自分は "Super coven" あたりのデロンデロンな音が大好きなのですが、最近は若干の聞きやすさも出てきましたね。2007年の来日は行ったのですが、予想以上に演奏が上手くて驚きました。NOOTHGRUSHは前売り買っていたのに仕事で行けず残念でした。

へヴィ系では毛色は少し違いますが、SUNN O))) の初回と2回目は本当にすごかったです。特にアッティラ抜き2人だけできた2回目は、音圧の凄さで睫毛が震える、という体験を初めてしました。
2014/10/03(Fri) 07:08:38 | URL | [ Edit.]
『Re Comments : 』 まこちんさん
そうですね。ボル某ユ〇オンよりアマゾンのほうが価格安いです(笑)
SUNN O))) はライブ未体験ですがCDでも音圧あるのに生だともっと
でしょうね~メイヘムも5月に新譜出ましたね。
明日はCAPITALIST CASUALTIES見て来ます。
2014/10/03(Fri) 22:35:08 | URL | [ Edit.]
『Re Comments : Re: タイトルなし』 Two Headed Dogさん
こんばんわ。

CC見に行ってらしたのですね。本当にカッコよくて驚きました。

ELECTRIC WIZARD は結局、ユニオンで買ってしまいましたよ(苦笑)
本当は THE DWARVES の新譜を買いに行ったのですけど売ってなかったので。
今まで同様、Voの浮遊感と音の隙間が実に初期ブラック・サバスで良い感じですね。


2014/10/06(Mon) 00:53:52 | URL | [ Edit.]


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