I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2014/09/01 / 21:42

「いい子にしてないと、サーカスに売り飛ばすからね!」

と子供のころ、親によく叱られた。

変化形として「施設にやるよ!」というのもあった。だから俺は今でもサーカスが大嫌いだ。物心ついた時分、よくテレビなどで「木下大サーカスが来るよ!」というCMをみるにつけ「あぁ、あそこでは親に捨てられた可哀想な子たちが鞭や棒で叩かれながら毎日、泣きながら芸を仕込まれてるんだろうな」と本気で思っていた。

それからしばらくして「エレファントマン」の存在を知った。そして大学時代に「フリークス」という奇形による見世物小屋の映画を見た。「身障者プロレス」という興行の存在を知ったのもそのころだった。実際に見に行ったわけではないが、小児麻痺を患い、自由の利かない手足でリングに上がり「障害者は、お前らだ!」と客席に向けて言い放つレスラーの姿を記した興行レポを読んで俺は考えてしまった。「見世物って・・・差別って一体なんなのだろう・・・」と。

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現在、銀座ヴァニラ画廊にて開催中の「開封!安田興行社大見世物展~国宝?珍宝?今ひらかれる、見世物王国の扉!~」を見てきた。大正末期から見世物小屋の興行を手掛けてきた興行主の記録である。これが滅茶苦茶面白い。電気人間、だるま娘、タコ女、シャム双生児等々・・・いかがわしい演目盛りだくさん。何年か前まで浅草「花やしき」にあった見世物小屋の背景画を彷彿とさせる石原豪人テイストな絵(垂れ幕)の数々が堪らない。「なぜ奇形児が生まれるのか」なんて危険な煽り文句も実にツボをついている。

そして何といっても目を引くのは「タコ女」!最初はマネキンかと思ったのだが、どっこいこれが生きている!仕掛けは箱の中に女の人が入って首だけ外に出し体の部分には角度をつけた鏡が張り付けられてその根元に作り物のタコ足が6本(笑)くっついてる・・・という小学生でも2秒でわかるインチキトリックだ。大東亜戦争の時に中国戦線で、中国人が床の穴から首だけ出して旧軍の兵士が軍刀下げてあたかも生首を持ってるような記念写真を撮らせていた仕掛けと同じである。

しかしそれがまた、楽しい。しばらくタコ女の目を見て、俺はにっこりして手を振ってみたのだが案の定、無視された。目の奥にほんの少しだけ「おっ!」という色は見えたのだけどね。この箱の中に長時間、入ってるのも結構な重労働だと思った次第。

こういう見世物を見ていると、古今亭志ん生師匠が「火炎太鼓」のまくらで語っていた「浅草奥山の見世物小屋」の描写・・・「山から艱難辛苦を経て狩り出してきた大イタチだよ~!近寄ると危いよ!」の口上につられて入ってみれば立てかけたデカい板に赤いインクが垂らしてある。
「なんだい、こりゃ」
「へぇ・・・大きな板で」
「みりゃぁわかるよ。で、この赤いのはなんでぇ」
「これは血でごぜぇます。だから『大板血』」
「だってアンタ、『近寄ると危ない』って言ったじゃないか」
「へぇ・・・倒れてきたら危ないんで・・・」
なんて遣り取りを嫌が応にも思い出してしまう。

しかし最近は、こういう興行・・・見世物もなかなかやれないのだと聞く。なんでもすぐ「差別だ」と抗議してくる連中やお上の締め付けが何かと厳しいらしい。俺は思うわけだよ。見世物小屋の人達だって仕事でやってるわけだ。障害があったり、或いは奇形と言われ世間様では揶揄される姿であっても劇場やステージは「仕事をしてお金をいただく」貴重な場であり社会なのだと思う。

以前、同じくヴァニラ画廊で捨て看板のコレクションの展示が行われた際にも、小人プロレスのポスターを見て・・・またそれ以前にも、猛毒(というバンドがある)の「小人プロレス物語」という曲を聴き、小人プロレスについて調べたときにも同じことを考えたものだ。それを「見世物小屋は人権侵害だ、差別だ」といって隅に追いやり、「臭いモノには蓋」の感覚で見えなくしてしまうことが、そういう世界で働く人たちの「場」を奪うことが果たして「平等」なのだろうか。それは「平等」を騙る新手の「差別」であり「偽善」なのではなかろうか。よく左翼系市民団体が「路上生活者の救済を!」と叫び遠くのドヤまで行ってで炊き出しをやり、政府や行政を批判したりする。しかしそういう連中が自宅近所の公園や駅で寝泊まりしてるホームレスに対しても同様に食事を与えてるなんて話は全く聞いたことがない。

以前俺は売春制度について「問題なのは非人道的な環境や待遇で女性を酷使することであり売春自体に何の罪があるのだろう」と書いた。それは見世物小屋でも同じだと思う。何が差別で、何が平等なのか・・・演者が見世物なのか、それともそれを見ている俺たちこそが見世物なのか・・・

そんなことを考えつつ、そしてその余韻に浸りつつ俺は神保町「三省堂」地下にあるビアレストラン「放心亭」でビーフステーキとホワイト・ソーセージを食べていた。

考えてみるともう夏もおしまいだ。8月は本当にあっという間だった。前半の夏休み、中盤の出張11日間、そして後半の夏休みで京都旅行。そして最終日の日曜に面白い見世物小屋の展示と美味い食事。そして楽しい買い物。

終わり良ければ総て良し。まさに「夏の最後の薔薇」。

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