I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2014/02/26 / 00:37

「アナタハ、カミヲ、シンジマスカ~?」

とブレザーを着た金髪の白人に話しかけられた経験のある人は結構多いのではないか、と思う。

自分もそんな中の1人である。最近は職質に遭う事はあっても、宗教の勧誘に遭う事は全く無くなったが、学生時代はモルモン教徒にしろハレ・クリシュナにしろ、彼方此方のその手の胡散臭い連中が跋扈していたものだ。大体、白の逆さ十字がプリントされているPOSSESSEDのTシャツを着ている俺に話しかけて来るんじゃねぇよ、と思うわけだが宗教をやってる奴等の笑顔というのは、毎週土曜の夕方になると新宿駅西口の地下で反戦プラカード持って立っている安保崩れのキチガイ老人共と同じで本当に気色悪い。

自分が、宗教の勧誘に対して良い感情を持っていない理由は簡単だ。

「お前の『神』を押し付けて来るんじゃねぇ」

の一言に尽きる。一般に日本人は、宗教に対する思い入れが極めて薄い民族だと言われる。よく揶揄されるように神社仏閣を問わずお参りに行き、クリスマスを祝い、正月を祝い、最近はハロウィンまでやって結婚式は教会で、葬式は寺で・・・という人は多い。冒頭の問いに答えるなら、俺だって神様は信じている。ただし「かなりゆるく」だ。

日本は古来から「八百万の神」の国である。仏教が大陸から伝来しようが、ヨーロッパからキリスト教が入ってこようが、全て「たくさんいる神様の1人」として同化してしまう。そして数多いる神様に「序列」は存在しない。そして我々人間にしても神様は自分達の「上位」にあって祀るべき対象ではあるが、決して個別に服従しているわけではない。だから自分は一神教の信者のように「唯一の絶対神と契約(Covenant)」を結んだりはしない。神という存在はそれとなく意識している。しかしSLAYERの曲の歌詞にあるように「見えもしない存在に全幅の信頼を置いて服従する」ような事はしない。

つまり自分は「アナタハ、カミヲ、シンジマスカ~?」と言い寄ってくるキリスト教信者の言う「神」と自分達日本人が言う「神」は "Something DIFFERENT" であることを感覚的に理解している。だからこそ唯一絶対の「神」を押し付け、契約を結ばせようとする宗教の勧誘に対しては "Something WRONG" であると感じてしまう。ここらへんの感覚が理解できない限り、ヴァチカンにとって日本という国は永遠に「布教対象国」であり続けるだろう。

などという事を先日

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   大野晋「日本人の神」

を読了して考えていた。

本書には、帯に書かれているように、神とGod の違いに纏わる諸々の事柄が大変分かり易く記されている。面白いのは宗教的切り口からでなく、言語学的な切り口から驚くべき結論を導き出している事である。古代日本語と南インドで使用されているタミル語との共通点から、稲作文化が伝わったのが中国大陸や半島でなくインドであるという件は非常に興味深い。

先述のように「宗教観が薄い」と言われる日本人もたまには自分達のルーツについて考えてみるのも面白いのではなかろうか、と思わせる一冊。

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