I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2012/12/17 / 01:31

衆議院選挙投票日だが投票に行くのは夕刻以降なので昼間は部屋の窓を全開にし、この時期にしては暖かな陽射しを部屋に入れ、ベッドに寝転がってヴィタミン・ウォーターの「ダウンロード」を啜りつつ本を読んでいる。

そんなわけで、最近ちびちびと読み進めていた

   東京おぼえ帳
     平山蘆江「東京おぼえ帳」

読了。

話の粗筋は・・・

梨園の花―菊五郎、団十郎、羽左衛門、花柳界の名妓―ぽんた、照葉、万龍に清香。抱月、須磨子に伊藤博文、頭山満…、世間をにぎわした個性ゆたかな人々が織りなす色と欲、そして人情の明治風俗彩色絵巻

・・・というもの。

明治~大正~昭和の東京「都新聞」に掲載された今で言うところの「芸能欄」である。面白いのは池波正太郎を始めとした東京出身者によるノスタルジックな「あの頃は・・・」的郷愁を誘う類のものではなく、飽くまでも当時のリアルタイム芸能情報であることだ。

ハッキリ言って自分は歌舞伎というものに全く興味が無いし、高校生の頃1度だけ学校で教育の一環として国立劇場へ連れて行かれ当時の海老蔵、現・団十郎が演ずる「歌舞伎十八番・毛抜き」を最前列・花道の真横というポジションで観劇させられたのだが何を言っているか全くわからなかったし、面白さの一端も理解できず、それが未だに継続している有様である。

ただし、「業界事情」として面白いのが役者にしろ政財界の著名人にしろ当時の「セレブ」には必ずと言っていいほど贔屓の芸者が居り業界内の下半身事情は業界内で処理していたという図式である。今でこそ「セレブ」等と持て囃されてはいるが芸能人にしろ役者にしろ所詮は「河原」であることを一端の大人であれば皆、理解している。

それは中世以降における日本社会の階級に端を発するものであるが、当時は「素人には手を出さない」のが暗黙の了解になっていたのだろう。例えばそれはヤクザ者・・・暴力団員でなく飽くまでも侠客・博徒と言われる人達が素人には手を出さない事を不問律にしていた事と同じなのだと思う。

自分の祖父は今は有明にある癌研究所の初代薬局長で戦後は築地で薬屋をやっていたのだが近所に全身刺青の侠客が住んでおり、時々薬を買いに来たそうだが「まぁたまにはお茶でも」と勧めても

「堅気の方とはお座敷が違いますから」

と頑なに敷居を跨がなかったそうだ。そういう昔の話を思い出しつつ本書を紐解いてみるとまた、数多出版されている「昔の東京」紹介本とは違った東京が見えてくると思う。

個人的に一番面白かったのが「日本の女優第1号」と呼ばれる川上貞奴と「オッペケペー節」で一世を風靡した川上音二郎の夫婦が金銭的に困窮し心中を図る件。

「最後だから兎に角、ヤリまくって死のう」

とボートを準備して東京湾から漕ぎ出し日夜ヤリまくった挙句、悪天候のために船が横須賀の灯台下にぶつかって座礁しているところを見つけられて助かってしまう、という話。100年前だろうと現代だろうと、男女が居る限りその営みは変わらない。追い詰められればられるほど情欲は募るものですね、という現代でも通じる逸話が乙。

因みに以前にも書いたと思うが、自分の曾祖母は新橋で三味線の師匠をしており「新橋3人衆」と呼ばれたほどの腕だったらしい。それがかつて○○知事を輩出した某家某氏の「御手付き」になり誕生したのが自分の家系である。要するに妾腹筋なのだが今更ながらに祖母や母がそのような花柳界に対して好意を抱いていなかったことが良く分かる。もし曾祖母とあの世で再会したら、是非、この本の事を尋ねてみようと思う。実際に書かれている場面を目撃している可能性、大だであるからだ。

それらゴシップ記事加えて当時の東京における風俗や食といった記事も掲載。「江戸っ子流蕎麦の手繰り方」だの「握りずしの薀蓄」といった話題も楽しい。大正時代、浅草十二階の周辺には吉原とは別に私娼街が広がり、震災で十二階が倒壊し、浅草が壊滅的打撃を受けて以降、私娼街が玉乃井に移った、という件とか「へぇ~!荷風『墨東奇譚』の玉乃井って元は浅草が始まりなのか・・・」な話題も多い。

難しい事は考えず、さらりと読める近代ノスタルジアである。

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