I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2012/11/29 / 02:04

子供の頃から所謂「洋食」が大好きだった。

自分の中で一番古い洋食の記憶は、両親に連れられて上野動物園へ行った折に食べた精養軒のグラタンである。故に「洋食」という言葉には何処となく、昔日への郷愁や懐かしさが宿っているように思えてならない。

先週からちまちまと読み進めていた、

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 岡田哲「明治洋食事始め とんかつの誕生」

読了。

話の粗筋は

・・・・明治維新は1200年におよぶ禁を破る「料理維新」でもあった。近代化の旗のもと推進される西洋料理奨励キャンペーン、一方で庶民は牛鍋・あんパン・ライスカレー・コロッケなどを生み出し、ついに「洋食の王者」とんかつが誕生。日本が欧米の食文化を受容し、「洋食」が成立するまでの近代食卓60年の疾風怒涛を、豊富な資料をもとに活写する

・・・というもの。

欧米型の食生活が広く受け入れらると共にマクドナルド等のジャンクフードの食べ過ぎで肥満児が増大している現代の日本から考えれば、明治維新まで肉食が禁忌であった事など考えられないかもしれないが、明治生まれの曾祖母は、肉を「四足」と呼んで終生口にしなかった。肉食は、心身が穢れると約1200年に渡り忌み嫌われ極一部の人達しか獣肉を食べなかったなど、にわかには信じられない話かもしれないがそれは紛れもない事実だったのだ。

本書は、維新後、明治天皇自らが肉を食べることで当初は貴族や上流階級の間に広まっていった西洋料理が時の経過と共に和食文化との融合を果たし、その中から庶民の「洋食」が生まれてくる過程を事細かに描いている。表題にもある通り「とんかつ」に対する筆者の熱意、試着がひしひしと伝わってくる。

因みに、これまで自分は「とんかつが嫌いだ」という人には一人も出会ったことが無い。「カレーライスが大嫌いだ」という人は稀にいる、というのにだ。筆者も言うように、自分もとんかつというのはある意味、究極の洋食だと思っている。本来はビーフカットレット/コートレットであった西洋の肉料理を厚い豚ロースを使い衣をつけ油で揚げ、付け合せのキャベツと共にウスターソースをかけ、箸を用いてゴハンと共に食べるというスタイルはまさに和洋折衷の到達点と呼んで差支えないのではなかろうか。

加えて本書では、肉食文化の導入と共にパン食文化がどのように日本の社会に溶け込んでいったかという過程も追っている。此処で「とんかつ」の役を担うのは「あんぱん」である。パンの中にあんこを入れるというこれもある意味、究極の和洋折衷なのだろう。

面白いのは洋食やあんぱん誕生に前後して色々な変わり種の和洋折衷料理が現れたという記述で、トマトシチュー・ミルクライス、サラダ入りおにぎり、ジャム餡モナカ、レモンモナカ、チョコレートおこし等々・・・でも考えてみればこれらは21世紀の現代、既に近いものを食べているのではなかろうか、と思い当たる。スーパーに行けばサラダ巻きという寿司を売っているし、ランチパックのラインナップを見れば「これから先、どんなモノを挟んでくるだろう・・・」という興味は尽きない。

つまり本書で述べられているように、このような雑多な国の料理を味わいつつそれらを日本の食文化と融合させて独自の料理を生み出していくのは日本人ならではの事だと思う。何れにせよ自分は「とんかつ」や「カレーライス」のあるこの国に生まれ育ったことを感謝している。

ただ、最近の洋食について残念な事が一点だけある。それは東京の洋食屋からどんどんウスターソースが消えている事だ。とんかつにしろフライ物にしろ、あつあつの料理と野菜にウスターソースをドバドバッと掛けて食べるのが昔から東京っ子が好んだスタイルではなかったか?故に自分は大学に入るまで「とんかつソース」というものの存在を知らなかった。うちは代々東京っ子だったのでウスターがメインで稀に中濃を使う程度だった。巷では東京の老舗だの池波正太郎の影響か「昔の味」とやらが大層な人気だそうだが、だったら洋食はウスターで食べて頂きたいものだ、と思う。

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