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ニヒリズムとナルシズムの狭間で


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2012/10/29 / 01:20

東京は、とても坂の多い街だ。

これは実際、東京という街に住み、暮らし、そして自分の足で歩くなり走るなりしないとわからない。例えば、不忍通りを護国寺から上野に向けて(逆でもいいが、別に)ランニングしてみればどれだけ起伏が激しいか、身を以て思い知らされる事となる。そしてこれだけ起伏の激しい東京にあって、東京マラソンが如何に平坦なコースを選定しているか驚嘆する。

此処最近、読み進めていた

   kuukann.jpg
 陣内秀信「東京の空間人類学」

読了。

本書の内容は・・・

東京、このふしぎな都市空間を深層から探り、明快に解読した、都市学の定番本。著者と紙上の探訪をするうちに、基層の地形が甦り、水都のコスモロジー、江戸の記憶が呼びおこされ、都市造形の有機的な体系が見事に浮かびあがる。日本の都市を読む文法書としても必読

・・・というもの。東京のみならず日本の都市というものに興味がある方なら楽しめる一冊になっている。

近年は「江戸趣味」とやらがブームらしく大きな書店へ行けば徳川時代の古地図等を解説した書籍が何冊も売られているし、池波正太郎のエッセイに名前が挙がるような所謂「昔の味」「東京の老舗」の前には例え蕎麦屋であろうとも長蛇の列が出来る。

しかしそれらは殆どの場合、所謂「下町」と呼ばれる東東京の低地が主たる場所であり、山の手地域は余り顧みられることが無いように思われる。大体、永井荷風が高下駄を履いて歩きまわっていた時代にしてから既に「江戸情緒」などというものは荒川土手や南砂町まで行っても見つからないものだったというのに、湾岸地区の開発が進んだ21世紀の現代にあって下町に江戸情緒を見出そうなど困難であることは容易に察しが付く。

自分が生まれた築地明石町の家の隣にはヴィクターの録音スタジオがあり、運河が流れていたそうだが、それも既に埋め立てられ雑居ビルになり、駐車場になり、今では正確な場所すら分からなくなってしまった。

その反面、例えば四ツ谷~市ヶ谷~牛込といった辺りには街の構造としての「江戸」が今も残っている。今の防衛省はかつて尾張様の屋敷だったわけだが、裏手にある大日本印刷の工場から神楽坂へ抜け、牛天神を経由して水戸屋敷(後楽園)から神田明神、ニコライ堂から小川町へ下って神保町から靖国神社を目指すコースを走ってみれば起伏の激しい土地を利用して非常にコンパクトに町が仕切られ、形成されている事に気付く。本書に記載されている四ツ谷~麹町~半蔵門に至る街並みも同様である。

加えて、東京をベネツィアと並ぶ「水の都」としての都市形成、商業活動や生活を解説した論旨も非常に分かり易く、興味深い。また繁華街における「角地」や橋の両端の所謂「橋詰」の役割についても銀座などを例にとれば簡単にイメージする事が出来る。

西欧の都市は教会や塔といったランドマークを中心に町が形成されたのとは逆に東京の場合は寛永寺や増上寺といった寺社を「鬼門封じ」として街の外縁に置き、その周囲に神社を置き、市街は格子戸で小さなコミュニティに仕切られている、という構造も風水などを考えながら読み解くと非常に興味深い。また元来、東京っ子が「拵えの小さなもの=粋」と捉えた感性もこのようなコンパクトな生活周辺環境から生まれたものではないか・・・等々興味は尽きない。

ともあれ、近年はランニングブームとやらで地方からも観光バス等で乗り付けては「皇居デビュー」等という言う風潮もあるようだが本当に東京に興味があるのなら、人が居ない明け方、コースを外れて市街を気ままに走ってみた方が絶対楽しい。坂の由来、町名の由来、街の構造・・・ガイドブックやグルメ情報では絶対に教えてくれない真の街の顔を垣間見ることが出来る・・・かもしれない。

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