I Don't Care About You !

ニヒリズムとナルシズムの狭間で

--/--/-- / --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 / TRACKBACK(-) / COMMENT(-) / PAGETOP

2017/08/27 / 22:15

漸く体調も回復してきたので久しぶりにライヴ参戦。

20476284_272365129912935_4093256199267485606_n.jpg


メインは此処約10年間に出てきた海外ハードコア・バンドで最も入れ込んでいると言っても過言ではないデンマークの NIGHT FEVER。場所は西横浜 EL PUENTE。迎え撃つ日本勢は CRUCIAL SECTION, SPY MASTER, DE-CULTURES というまさに「今、自分が見たいと思っている最強の布陣」である。この日は平日だったのだが、代休を取り、中華街でマレーシア料理を食べて、「いざ、西横浜!」

一番手、横須賀ハードコア DE-CULTURES。現在の横須賀HCシーンの牽引者であり最も活発にライヴを行っているバンドである。名曲 "Long Horn Rider Slam" "Innocent Man" はいつ聞いても燃える。

二番手、SPY MASTER。一気に雰囲気は横須賀からボストン。ジャーン!とクリス・ドハティを彷彿とさせるリフワーク等々、ここまでアメリカン・ハードコアのカッコいい部分を日本で再構築できるバンドは少ないと思う。

三番手、CRUCIAL SECTION。ちょっとみないいうちにセットリストがかなり変わっていた。これまで長年のラスト "Let's Rise Your Hands"~"Warning"だった構成を変えたのは新鮮だった。新曲が出るたびに思うのだが、日本語の歌詞が音とフィットしているのがまた最高。

トリ、NIGHT FEVER. まさかこのバンドが日本でみられると思っていなかったので春先にさる筋から(笑)ライヴの後に米が浜通の中華屋で刀削麺を食べながら「来日しますよ!」と教えてもらった時にはびっくりして馬鹿になって座り小便漏らすかと思った。
そのバンドのライヴが目の前1mという近さで見られるのだから燃えないわけがない。基本的に演奏位置から動かない弦楽器3人に対しVo.のサロモンは動く動く。こちらも当然、リリースされた曲は全曲知っているので歌詞叫びつつ滝のような汗をかきつつ大ノリ。実際に生で見るとVo.が放つ怒りの力、そして弾きまくる弦楽器の対比、まさに「ハードコアとハードロックのいいところどり」というべき音がすごい迫力で展開される様は圧巻だった。セットが終わってアンコールを求める声(俺も "Better Off Dead" やって!と言ったのだけど)「もうやる曲がない」とあっさりステージを降りてしまうのも面白かった。

Night Fever 1

最近は仕事にしろ体調にしろ、なにかと不調が多かったのだがやはり生の激音を直接体に入れると生命力が戻る。「よし!やってやろうじゃないか!」という気迫が満ちてくる。音楽の持つ力にあらためて感謝した一夜。

スポンサーサイト

音楽 / TRACKBACK(0) / COMMENT(0) / PAGETOP

2017/08/17 / 13:07

もう14日のことになるが、精神科医の診断を受けてきた。

抑鬱状態の原因は「極度の疲労」それも身体ではなく脳味噌の疲労。そこにバイオリズムの最低値が重なり心の余裕がなくなったことに起因しているので所謂「鬱病」ではない、との見立てにホッと一安心。医師曰く「時には自分自身を『職場』と『家庭』という2つの集合から全く離れた場所に置いてください。」言い得て妙、である。以前にも別の医師から「かなり疲労がたまってらっしゃるようです。」と言われたことがあるが、実際、睡眠不足も大きな要因だったのだろうと思う。

診断後、処方された弱い安定剤を飲みつつ1日8時間以上眠っていると、以前のネガティヴな感情は嘘のように消えてしまった。しかしながらこれまで自分は全く存在しなかった「死ぬ」という選択肢が生まれてしまったことから「また、いつかそのスイッチが入るのではないか」という恐怖に近い後味の悪さが残った。しかしそれは、良い方向に考えるなら「無理をするな」サインでもあるのだろうが。

というわけで、これまで何を食べてもあまりおいしく感じられなかったのが信じられないくらい「あ~、美味い!」と思えるようになり、加えて「あ~、うるさい音楽聞きたい!」という欲求も戻ってきた。まぁ性欲は全く減退していなかったのでその点は問題ないのだがね。そっち方面でいえば、取り敢えず9月の頭に発売される石原さとみの写真集が楽しみで仕方ない。今回の作品では「今までにないセクシーショットを披露」とあるが、さとみ写真集における「ヌキのキモ」は水着がどーの下着がどーのではなく、「口を半開きにした顔のアップ」なので、そこんとこを十分すぎるほど考慮してもらいたいものである。

20842155_1605575262856654_4415575032493877824_n.jpg

20841758_1605575276189986_2555619625934852744_n.jpg

久しぶりに訪問した「デリー銀座店」の8月マンスリー「スリランカ風ビーフカレー」に定番のコンチ(上)、そしてビンディー・マサラ(下)、チャイはいつも通り砂糖3つの甘甘で♪

20840749_1606180696129444_316509498620124885_n.jpg

音源3枚。THE OBSESSEDの新譜、SACRED REICH "Ignorance" リマスター再発盤、デンマーク・オールドスクール・デス UNDERGANG の3rd。UNDERGANG, アルバム聞いたのは初めてだが、カッコよくて驚いた!!!


諸々の徒然 / TRACKBACK(0) / COMMENT(0) / PAGETOP

2017/08/15 / 11:26

「南インド料理」というものが、ハッキリとした「料理のジャンルとして」日本に紹介されてどのくらいの月日が経過したかはわからないが、俺が「南インド料理」というものを「北インド料理」と明確に区別して考えるようになったのは銀座某店のシェフ某氏の「貴方が最初に私の店に来てもう9年くらいね。」という言葉、そしてそれから既に3年余の月日が経過していることを考えれば約12年前から、ということになる。

日本におけるインド料理店の草分けである三原橋「ナイルレストラン」と麹町「アジャンタ」は元々、南インド系のレストランであるが、南に特化した看板は出していなかったことから、当時「南インド料理店」を明確に謳う「ダバ・インディア」のような店自体が非常に稀有な存在であり、必然的に新しいものに目がない好事家や所謂「カレーブロガー」が「オフ会」と称して集い、そういう連中とバッティングして非常に、非常に、非常に不快な思いをしたことが幾度もあった。

siribaraji11.jpg

しかし昨今、都内においても「南インド」の看板を掲げる店が増え、そういう連中と遭遇する事故は激減した。しかし店の件数が増えることと、南インド料理に対する認知が広まる度合いは決してイコールではない。結局、何処に行こうが「バターチキンとナンとマンゴーラッシー」な奴等が増えただけではないのか、と思うことも多々ある。四川料理店で「北京ダックを出せ」と言っている連中と全く同じである。

とは言え、此方として選択肢が増えるのは大歓迎であるのも事実。神奈川に戻って以降、海産物にしろタイ料理にしろ美味い物が多い三浦半島に居を据えると積極的に「カレー」を追求する機会は減った。しかしやはり好きなことは事実。久しぶりに検索をかけてみると、あれこれヒットする。今でも古書を買いに行く神保町の近隣、水道橋にも1件、あるではないか。

siribaraji1.jpg

そんなわけで神保町「シリバラジ」。スタッフに聞いてみたところ案の定、中目黒にある同名店の系列だ。そちらではマイソール・マサラ・ドーサという巨大な三角形のドーサを食したことがあるが、こちらではヴェジ、ノンヴェジのミールスが用意されているのでそれらをオーダーした。

あとは写真のとおりである(笑)

siribaraji111.jpg

絵面でうまさは伝わらない。美味そうだ!と思ったらぜひ、足を運んでいただきたい。ヴェジ、ノンヴェジともに絶品である。カレーとバスマティライスのリフィルができるかどうかは不明。最近は食が細くなって以前のようにお代わりできなくなったのでね。

やはり、年を取ると食べられる量は減るのだよ。

/ TRACKBACK(0) / COMMENT(0) / PAGETOP

2017/08/13 / 18:54

埼玉から脱出できて、一番感謝していることは近くに常に海がある環境だが、二番目に感謝しているのは、食べ物が美味いことである。横須賀市街、居心地がよく、料理もうまい店が結構多い。海に囲まれ、また内陸には畑も多い三浦半島の地の利を生かし、新鮮な海産物と農産物が手に入りやすい。尤も、今回書くのは少し其処からは外れているのだが。

ren1.jpg

横須賀は大滝町にある鯨料理「連」。この町でクジラの刺身を食べさせる店は数件あるが、間違いなく料理の個性と種類ではここが最高であろう。

ren3.jpg

鹿の子、ハツ、睾丸、脂須の子等の刺身、ユッケ、タタキ等々、美味くて美味くて堪らない。血の滴る生肉好きには垂涎の店。また店のロケーションもどぶ板どおりの裏手とあって隠れ家的な雰囲気で、ネットで調べただけ、実体験皆無の浅い知識を振りかざして連れのバカっぽい女に蘊蓄傾けるチャラい貧弱男などとも遭遇せず静かに食事ができるのも乙。

ren4.jpg

今回は2回目の訪問だが、最初は自分も嫁さまもそれぞれ散歩の途中に偶然見つけて気になっていて、どちらからともなく言い出したというのがまた面白い。三国志(演義)の「赤壁の戦い」で周瑜と孔明が互いの策を掌に書いて見せたら双方「火」であった・・・という逸話を思い出す(本当かよ!)。

ren5.jpg

ともあれ、興味ある方は是非に!

/ TRACKBACK(0) / COMMENT(0) / PAGETOP

2017/08/06 / 09:56

約1年半ぶりに日記を書いている。神が、書けと言っているからである・・・というのは真っ赤な嘘。

しかし1年半というのはあっと言う間である。結婚して嫁さまと二人三脚生きてきて2年目に入ったというのも驚きであるが、もっと驚いたのは、現在自分が所謂「抑うつ状態」になっていることだ。

DSC_0523_20170806095259666.jpg

うちの職場は全国展開している大きな組織だが、年間で約60人が自殺する。その原因動機の大半は「病苦」である。杉並区の貧乏アパートに住み、社会や政治を呪いながら生きているクズのようなフリーターライターが面白おかしく書く「いじめ」が主たる原因ではない。よくまことしやかに「神は越えられない試練を与えない」という連中がいる。その「試練」が具体的に何を意味するかという神の御意思はちっぽけな人間である俺には計り知れないが、いずれにしてもその「試練」とやらが越えられず毎年全国で3万人、職場で60人が自死の道を選ぶのだから、神様は人間に対する教育基本方針を考え直したほうがいい。おまけにその末席に自分が連なる危険に曝されたとなれば尚の事、である。

DSC_0499_20170806095301465.jpg

しかし、これまで職場でのストレス・チェック等においても全く問題が無く、「同じ自殺であっても公園で首を吊ったら只の迷惑な野郎だが、極左暴力集団のクズ共を道連れにすれば『あいつは憂国烈士だった』と後世まで語り継がれるぜ。」と嘯いていた自分が突然、死にたくなるのだからわからない。原因は彼是ある。しかし決して家庭内における不和等々嫁さまに起因することではないことは言っておく。医師に言わせると「かなり疲労がたまってらっしゃる」との事だ。寝不足もあるのだろう。梅雨明けしたのに、いつまでもうじうじとした曇天と小雨交じりの日が続き、一向に晴れないのも原因だろう。職場の異動で有能な上司と頼れる同期同僚が全ていなくなり、新しく来るのは経験の全くない上司、そして残るのが能力も低ければやる気もない反抗的なクズで、おまけに仕事は溜まりに溜まっている現状にあって自分にのしかかる重荷に対する嫌気でもあるのだろう。いずれにせよ、ある朝、起床すると極度のダウナー状態で、自分が非定型縊死状態で首を吊っているヴィジョンしか浮かばない。何とか出勤し、異動した上司の席に自分の席から書類等々を移しつつ「今日の夜には死んでしまうのに、なんで俺は今更こんな机の移動などやっているのだ。」と思いつつ、嫁さまに意味不明のラインをいくつも送り付け、定時で仕事を上がって海に行き、日が沈んで夜の帳が下りてくるのをぼーっと見つけていた。心配した嫁さまからラインが来たので、立ち上がって自転車に乗り、ふらふらと帰宅した。玄関を開け、嫁さまの顔を見た途端、涙がぼろぼろと零れ出た。

DSC_0530.jpg

子供のころに読んだ「21世紀の未来世界」では、面倒な仕事はすべてコンピューターやロボットがやってくれることになっていた。病気は注射1本で治り、人間は全身タイツのような服を着て空飛ぶ車に乗り、適当に仕事をして遊んでいればいい・・・筈だった。しかし実際の21世紀、人を楽にするはずのパソコンのおかげで余計な仕事は増えた。昔は適当に処理しておけばよかったことでも微に入り細に入り上級組織に対する報告を求められる。社会や仕事が高度化したことで、ある程度以上の専門知識や技能を持っていなくては対処できない仕事が増えた。うちに限らずどこの業界でもそのような有能な人材は不足している。その反面、何の専門教育も受けておらず、資格も技能もない連中が群れ集まりでかい声で「時給を1500円にしろ!」とクソみたいなことを叫んでいる。

10年前と比べてストレスは倍加している。どれだけ医療が進んでも、新手のウィルスや病気が生まれてくるのと同じだ。社会全体が人間という「穢れ」を抱えた病巣なのだから、これも仕方ないことなのかもしれないが。

DSC_0122.jpg

長々書いたが、結局、人生なんてなるようにしかならない。どれだけ仕事を一所懸命やったところで「ランボー」のセリフじゃないが、こちらが思うほど、会社組織は個人のことを思いやってはくれない。左とんぺいの歌じゃないが、すりこぎみたいに使い続けられ、短くなったら捨てられるだけの話でしかない。「自分が休んだら仕事が・・・」なんて関係ない。いなくたって仕事は動いていくもんだ。地球防衛軍にでも所属しているならいざ知らず、自分を犠牲にしてまでやるべき仕事なんてほとんどない。自分にしたところで、かつては「男ひとり、何やっても生きていけるだろ」と思っていた。しかし家庭を持ち、守るべきものができると人の意識は劇的に変わる。自分の考え方も10年前とは全く違う。皆、同じ場所に居続けることはできない。

まぁ、のんびりやろうや。

_20170721_143534.jpg

諸々の徒然 / TRACKBACK(0) / COMMENT(0) / PAGETOP

ホーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。